2018/7/7 土曜日

広島県 呉市 大雨特別警報の夜に・・・

いや〜 僕は過去に何度か恐ろしい目にあった事があります。

1995年7月25日 パリのサン・ミシェル=ノートルダム駅で爆弾テロがあった日、
偶然パリに居合わせました。

まだ20代でしたし、怖いモノなんてない “ブイブイ言わせていた頃” だったのですが、
さすがに空港でマシンガンを持った軍隊の人にセキュリティチェックを受けた時には
恐怖を感じましたね。

『ここは日本の常識が通じないところなんだ。』、『簡単に沢山の人が死んでしまうヨーロッパなんだ』って
今まで持っていた自分の価値観が一変してしまいました。

また2001年9月11日にNYで起こった同時多発テロの時はイギリスのブライトンにいました。
この時も飛行機が飛ばず、当分、日本へは戻れませんでした。

当時、イギリス国内でもテロの脅威が迫っているとの認識で、
街中は緊張感に溢れていました。

結局、10日程イギリスで足止めされた後、南周りのシンガポール経由で
命からがら日本に戻って来ました。

この時のヒースロー空港の緊張感と飛行機が飛んだ後の機内での恐怖感は今でも忘れる事ができません。

その他、トラブルに巻き込まれ、嵐の真夜中に飛行機でアルプス超えした事や
ストの影響で無理やり飛行機から降ろされ、アムステルダムへ放置された事とかも有りますが、
やはり、怖い目にあったといえば、先に述べたパリとブライトンの件が最初に来ますね。

まぁ、若い頃の思い出と言ってしまえばそれまでですが、
いずれも一人旅の時の出来事です。  いわば生きるも死ぬも自己責任です。

ただ、昨晩は今までとは全く違う恐怖感を味わいました。

まず、今までと大きく違う点は、僕は独身ではなく、
父親になった今、息子を守らなければならないという点です。

そして相手はテロではなく、自然災害という点です。

大げさな話ではなく、人が起こすテロも恐ろしいですが、
人知を超えた自然の力の方が怖いという事を本気で感じました。

実は昨晩 『大雨特別警報』 の中、
『海の家』 の近郊でも恐ろしい程の雨が降りました。

昼間から降り続いた雨の事を考えてみると、過去に経験した事のない程の雨量です。

そんな大雨の中、一番心配だったのが裏山が崩れる事です。

裏山との間には道路が有り、
『海の家』 はその道路よりもかなり高い場所に建っているので、
崖下というイメージではありませんが、それでも万が一の時に備え
2Fの海側の部屋で就寝しました。

まぁ、正式には息子を寝かし付けた後、
僕は一晩中、五感を研ぎ澄ますせ、神経をすり減らしながら起きていました。

こんな時、不眠症は役立ちますね(苦笑)。

実際、午前4時過ぎまでは電気が使えたので、
ワンセグTVをつけて、パソコンとスマホで情報を収集しつつ外の雨音に耳を傾けていました。

途中、PCで災害情報を見ると、午前2時過ぎにうちのお店の近くの川は
氾濫水域を超えていたため、もうお店はダメだなぁ〜 って諦め、
『海の家』 で安全に過ごす事に集中していたのですが、
午前4時過ぎに停電になったため、完全に真っ暗になってしまいました。

しかも外は大雨・・・
誰もいない広島県最南端エリアの別荘地で息子と二人きりです。

この状態をどう表現したらいいモノか・・・
前出のテロよりも昨晩の経験の方が怖かったと言った意味がお分かり頂けたかと思う・・・

ただ、幸運な事に1時間位で夜が明けて明るくなってきましたし、
『海の家』 は仕事で使っているため、スペアのラップトップやバッテリー
それに充電式のワンセグTV等、機器が沢山あったので、停電とはいえ、
少し気が楽でした。

それに日頃から 『海の家』 での主食はカップラーメンなのでストックも豊富。
そのラーメンに使うため、ミネラルウォーターも2ケースばかりストックしていたので、
息子と2人で 『海の家』 に籠城となった場合でも、1週間位は何とかなりそうでした。

まぁ、こんな事を悶々と考えていたら、
午前5時半頃に市内のマンションにいた奥さんからメールで写真が届きました。

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[こちらがその写真です。 最初は目を疑いました・・・
僕ら家族がメインで生活しているマンションの前で撮影したモノなのですが、
どうやら、呉市の中心部は完全に冠水しているようです。
この写真は少し水が引いた状態だそうで、深夜のピーク時はまだ水位が高かったらしく、
奥さんの電動チャリも見事に冠水していたそうです。]

この写真を見る限り、お店は完全にアウトだな・・・ と諦めもつき、
午前8時過ぎ頃には雨足が弱くなって来た事もあり、
情報収集を兼ねて、隣の集落の商店まで行ってみる事にしました。

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[こちらの写真は隣の集落へ行く際に撮影した浜辺の様子です。]

この浜辺は僕のブログでもよく登場する場所で、砂浜がとてもキレイなところです。
その砂浜が山から流れ出た濁流で2メートル位は削れていました。

ただ、考えてみると、目の前がすぐに海なので、
コレだけの濁流を流す事が出来る訳で、その分、山にかかるストレスが少なくなるのかな?
と素人ながらに思ってしまいました。

郊外の住宅地だと間違いなく排水できない量の水でしょうし、
冠水してしまうと思います。

というわけで今日の動画は、
この痛々しく削れた砂浜の様子をご覧頂こうと思います。

さて、隣の集落の商店で色々と聞いてみたところ、
どうやら市内へ出る海岸線のいたるところで崖崩れが起こっているそうで、
『今は市内へは戻れませんよ。』と 言われてしまいました。

ただ、商店の方の話ですと、
『すぐに開通すると思いますよ。』 って言うのです。

僕も島暮らしが11年目になり、島内で話ができる人も増えたので、
今日は色々と情報収集の為、前出の商店の方だけではなく、
数人の方と話をしたのですが、どの方に聞いても同じように
『すぐに何とかなるだろう』 って言うのです。

僕が思うに、島の方達は孤立状態や陸の孤島状態には慣れているようで、
その経験値から道路が復興する時期を感覚的な事で分かっているのかな〜 と

しかもみんな冷静なのです。

集落の道路に横たわっていた木や山から流れ出た土砂は
2時間も経たないうちに撤去されているし、
いったい誰がやってるの? って不思議に思いました。

コレはマジで凄いですよ。
早朝、『海の家』 の近郊でも崖崩れの為、道が数ヶ所塞がれていたらしいのですが、
どこからともなくユンボが来て、ササって片付けて帰って行ってしまうのです。


島のおっさんは男前が多いですよね。 (普段は昼間から飲んでいますが・・・笑)。

それにコミュニティもしっかりしていて、ある意味よそ者の僕にさえ、
声をかけて下さり、消防団の方は逐一、最新の情報を教えて下さるのです。

僕は半分島人、半分街人ですが、
こういったコミュニティの強さが島 (田舎) の魅力だと思います。
だから島暮らしを選んで正解だったと感じましたね。

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[こちらが隣の集落の商店で買ってきた食料です。
カップラーメンのストックは沢山あるのですが、
何も買わず手ぶらで帰るのも申し訳ないので、色々と買って帰りました。]

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[停電しているので冷凍庫はアウトです。
なのでまずは息子と一緒にアイスクリームを片付ける事にしました。
朝御飯はパンとアイスクリームです(笑)。]

こんな中でも息子は結構タフで、
バッテリーが無くなるまでゲームを楽しんだ後、マンガを読んでいました。

『海の家』 には未だにプチマンガ図書館を作ろうとしてたいた時のマンガが
1,000冊以上残っているので、暇つぶしにはもってこいです。

ただ、外に出るのは厳禁です。
雨のピークは越えたとはいえ、今日も天候が不安定だったので、
いつ大雨になるか分かりません。 実際、終日、雨が降ったり止んだりでした。

その後、午後3時頃まで 『海の家』 でゴロゴロしていたのですが、
さらに情報を収集するため、島の人達が集まる近所のお好み焼き屋へ電話してみたところ、
『停電しているが、お店はやっているよ。』 って言うので、
今夜の晩御飯の確保と最新の情報を入手する為、お好み焼き屋へ行く事にしました。

さすがに島の色々な人が出入りするお店だけあって、
どこの場所でどのような崖崩れが起こっているか、詳細な情報が入っており、
結果、あと2ヶ所開通したら市内へ戻れそうだという事が分かりました。

SNSもツイッターも持たない人達なのに、この伝達能力の速さには脱帽ですね。
さまに島のコミュニティの成せる技ですね。

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[こちらが買って来たお好み焼きです。
停電が復旧する見込みがなかった為、明るいうちに食べておく事にして
息子と2人で午後4時半頃から早めの晩御飯を取りました。]

この時、深夜の予行演習を兼ねて、ろうそくの灯りでご飯を食べたのですが、
息子は初めての経験で、案外楽しそうにしていました。

なので、停電2日目の夜を乗り切る覚悟が出来ていたのですが、
ちょうどその時、消防団の方から連絡が入って
『市内から島に戻って来ている人が何人かいるので、開通したらしい。』
『島を出るのなら明るいうちの方が安全だ』 と言われたので、
急いで帰路の準備をして、午後5時半前に 『海の家』 を後にしました。

という訳で今日2本目の動画は
その島から戻る際に撮影したモノをご覧頂こうと思います。

動画をご覧になればお分かり頂けるかと思いますが、至る所で崖崩れが起こっていて、
とりあえず土砂を避けて車を通すようにした感じでしたし、
動画内の崖崩れや木の倒壊の様子は氷山の一角と行っても過言ではありません。

実際、帰路の際も土砂を避けて下さっている土建業者の方を多数見ました。
ホント、こういった人達の努力のおかげで無事に市内に戻る事が出来たので
感謝しかありませんね。

正直なところ、帰路の際に遭遇した崖崩れの多さには驚きました。
大げさな話ではなく、恐怖さえ感じます。

昨晩は色々と悩んだのですが 『大雨特別警報』 が出た後、
無理せず 『海の家』 に留まって正解でしたが、常に答えは変わると思います。

運を天に任せると言えばいい加減に聞こえるかもしれませんが、
あれだけの大雨が降り、小学3年生の息子を連れていた場合、
いくら冷静に考えても答えなんて出ません。

早朝停電になった時は 『市内に戻った方が良かった』 と感じましたし、
夜が明けて崖崩れの様子を見た時は 『移動しなくて良かった』 と思いました。
ね、何が正しいか分からないでしょ・・・

実際、避難して被災する場合もあるでしょうし、自宅に残って被災してしまう場合もあります。
ホントに答えが見つかりません。

真夜中の大雨は地鳴りのようでしたからね・・・

今は無事に過ごせた事に感謝したいと思います。

またこの場を借りてですが、被災された方に心よりお見舞い申し上げます。
がんばろう、ヒロシマ!

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