アレックス モールトンのレストア   Touring-14 (spin-off / Le Tour de France)

いや~ 今日は久々にモールトンネタなのですが、
実は仕事が超忙し過ぎて、レストアは殆ど進んでいません・・・
ここ最近の動きは、自転車屋さんに前後リムの完全な振れ取りをして頂いた事くらいかな・・・

そんな中、昨晩、フランスからビンテージサドルとモールトンFフレーム用の
当時物の空気入れが届きました。
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[『PERACHE』 のビンテージサドル2個と空気入れ5個です。共にNOS・・・
空気入れはロゴなしですが、『Bluemels』 と全く同じデザインです。どう言った経緯かは不明・・・(苦笑)。]

ちなみにこれらのパーツよりも先に、モールトン用の28Hリムもフランスから送って頂いていました。
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[RIGIDAのリムです。側面にドッド模様のあるビンテージタイプです。]

で、コレらはフランスに住んでいる友人に “ダダをこねて” 、送ってもらっている物なのです (笑) 。
今でこそ、海の家に篭って、誰にも合わずにチマチマと仕事をしていますが、
若くて元気のいい頃・・・ と、言うか、無責任極まりない頃には、
仕事なんかせずに、頻繁にフランスの友人のトコへ遊びに言ったモノです。


なので、今日は少々、モールトンからのスピンオフする自転車ネタになりますが、
フランスから自転車部品が届いたと言う事もあり、『ツール・ド・フランス』 の事を少々書かせて頂きますね。

このブログを読んで下さっている方は、もうお気付きかと思いますが、
車、バイク、ミニチュア、カメラ、楽器、海外旅行etc・・ 趣味は沢山ありますが、
僕の趣味の原点は、中学生の時に乗っていたロードレーサー = 自転車だと言い切れます。

ここ最近、自転車ブームなので、かなり市民権を得た感じではありますが、
僕がまだ20代の頃は、まわりに 『ツール・ド・フランス』 に興味がある友人なんて皆無・・・
VESPAの仕事をしている関係上、ブリットポップやモッズ系のイギリスネタが好きな友人には事欠かなかったのですが、
話題が自転車で、しかも 『ツール・ド・フランス』 のネタともなると、
みんな 『何それ ? 』、『自転車で? フランスを・・・?』、『大変だね・・・』 系のもの凄い薄い反応なのです。


実は僕は20代~30代半ばまで、年間1~2ヶ月近くは仕事を休み、
海外に行って見聞を広め (本当は放浪?)、その合間に仕事をして旅費を稼ぐ・・・
こんな自由な生活を続けていて、この頃の旅行記事は、よく有名バイク雑誌でも取り上げて頂いたモノです。

そんな中、1995年の夏、20代最後の思い出にと、『ツール・ド・フランス』 のゴールを
パリのシャンゼリゼまで観戦しに行った事があるのです。

実はこのネタは、HPにも雑誌の記事にも書いた事がなく、今回、はじめてお伝えする事なのですが、
別段、隠していた訳ではなく、今から14年前は、あまりにも 『ツール・ド・フランス』 に興味のある人が少なく、
ネタとして成り立たないと言った側面もあったし、他にも旅行ネタが沢山あるので、
そのまま、消え去ってしまったって感じでした・・・ (笑) 。

で、僕はこの年、1ヶ月かけてヨーロッパの各都市を回り (←20代最後の思い出作りですから・笑) 、
『ツール・ド・フランス』 を観戦したパリでは、若気の至りで、シャンゼリゼの三ツ星ホテルに宿泊したりしました。
僕の考えで恐縮ですが、“贅沢旅行” なんて、おっさんになって頭がハゲてからやっても遅いと思うタイプで、
感性が豊かな若い時にこそ、“贅沢旅行” をした方が、身になる事の方が多いと感じたからです。


まぁ、その反動で、今は飛行機はエコノミー、宿泊先も格安ホテルと、
歳を重ねるたび、グレードはグングン下がっていますが・・・ (笑) 。

さて、本題に行きますね・・・
この年、1995年は 『バネスト』 の 『ミゲル・インドゥライン』 が五連覇を達成した年です。
僕もその 『ミゲル・インドゥライン』 の雄姿を見ようと、シャンゼリゼ通りに陣取って、
ツールの集団が 『凱旋門』 に戻って来るのを待っていたのですが、『ツール・ド・フランス』 のゴールは、
シャンゼリゼ通りを完全封鎖して行う、真夏のヨーロッパ最大のイベントと言っても過言ではないので、
辺りは人、人、人・・・ 中には街路樹や外灯に登るツワモノもいる程で、
とてもじゃないケド、簡単に観戦出来る状態ではありませんでした。

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[シャンゼリゼ通りはこの賑わい・・・ とてもレースの集団を観戦するスペースはありません・・・ (苦笑) 。]

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[いつもTVで見ていたキャラバンカーを、実際にシャンゼリゼで見ると、テンションが上がりました。]

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[実際、僕もレースを見る為、外灯によじ登っていた為 (笑) 、
写真は殆ど撮影しておらす、唯一、集団を撮影したのがこの一枚だけだったりします。]

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[レースが終わった後、ファンサービスで、“シャンゼリゼを流してくれる” 選手も少なくありませんでした。]

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[プリマベラが看板の土台に・・・ ]

さて、今日はズバリ 『1995年のツール・ド・フランス』 の映像をご覧頂こうと思います。
実はこの年、第15ステージ (山岳ステージ) の34km地点、『ポルテ・ダスペット峠』 の下りで集団落車が発生。
『モトローラチーム』 で 『ランス・アームストロング』 のアシストをしていた、バルセロナ五輪の金メダリスト、
『ファビオ・カルテッサリ』 がコンクリート製の車止めに激突して死亡したほか、崖下に転落した数名が重傷を負いました。

その為、翌日の第16ステージは追悼走行となり、全員レースをせず、終始低速走行・・・
で、最後は 『モトローラチーム』 の選手達だけが先頭に立ち、横一列で追憶ゴール・・・
この映像はその時の 『モトローラチーム』 のゴールの様子です。

僕はこの映像をパリに入る前のイギリスで見たのですが、仲間に対する思いやりの深さに
もの凄く感動した記憶があります。

さて、さて、いかがでしたでしょうか ?
まぁ、今となっては、若い頃、あっちこっちへ放浪していたのは、イイ思い出ですね・・・
その反動で今は誰にも会わずに済む島に篭っていますが・・・ (苦笑) 。

そのウチ、再び放浪グセが出たりして・・・ 
もっとも、爺さんになって、あっちこっちウロウロして、
徘徊 (はいかい) と言われないよう、シャキっとしておかないとねぇ~ (笑) 。

ではでは・・・

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